女の子を「優しい子に育てる」は何を意味するか

女の子を「優しい子に育てる」は何を意味するか

男も女もみんなフェミニストじゃなきゃ

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ氏をご存知だろうか?

2012年のTedTalkで一躍「We should all be feminsit (男も女もみんなフェミニストじゃなきゃ)」で有名になった彼女はナイジェリア出身のストーリーテラーである。

そんな彼女が出している本、

『イジェアウェレへ: フェミニスト宣言、15の提案』は、「女だから」という理由で理不尽な体験をさせず子育てすることはできないか?と 出産した友に尋ねられ書いた15の提案を手紙にしたフェミニスト宣言である。

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イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案
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本の中で「はっ」とする提言は多くあるが、今日はその中でも下記の内容について考えたいと思っている:

We teach girls to be likeable, to be nice, to be false. And we do not teach boys the same. This is dangerous. Many sexual predators have capitalized on this. Many girls remain silent when abused because they want to be nice. Many girls spend too much time trying to be “nice” to people who do them harm

(私たちは女の子を育てる中、「いい子」「優しい子」になりなさいと教えます。実はこれはとても危険。なぜなら多くの性犯罪者はここに漬け込むためです。多くの女の子は暴力に直面した時、「優しく」あるために口を閉ざします。多くの女の子は彼女たちを傷つける存在に「優しく」あるために多くの時間を使うのです。訳:ナッツ。)

「優しい子」は他人を傷つけないけど、自分を傷つけてしまう

私たちが女の子を育てる際「優しい子」「いい子」に育てたいとしよう。

この「優しさ」「いい子さ」とはどこに向けられているのか、考えたことはあるだろうか?

この「優しさ」そして「いい子さ」は、多くの場合「他人」に対してであり「自分に」対してではないのだ。

一見「他人に優しくする」ことに何の問題があるのかと思うが、

「他人」に優しくしなければ、と育てられた女の子は、全くそんな必要はないのに「人類全て」に優しくあろうとする。そして、アディーチェ氏が指摘している性犯罪者(あるいは性犯罪者予備軍)はそこに漬け込むのだ。

実際に大人になってから、例えば飲みの場で空気を読んで笑顔でセクハラに耐える女性がいたとすればそれも、「優しい女の子」を育てた結果かもしれない。触られる、嫌な質問をされる、お酒を飲まされる。これらも立派な性的な暴力である。しかし、どれだけ多くの女性が「ニコニコ」とやり過ごしているかは計り知れない。

他人に優しくした結果、自分が傷つく。

そんな構図を小さい頃から作ってしまっていいのか。私たち大人は改めて「女の子」の育て方を見直さなければいけないのかもしれない。

優しさと尊厳の両方を教える

「優しい子」であることは悪いことではない。そして女の子だけではなく、男の子も人に「優しく」あるべきだ。

女の子に「優しさ」を教える際、他人に優しいことも大事であるが「自分にも優しくあること」として「自分は尊厳のある存在であること」「それを踏みにじるような人間がいれば相手にする必要はない」ということを教えなければならない。

そうすることで、Sexual Predator ( 性犯罪者・性犯罪者予備軍)から、女の子を傷つける存在から、彼女たちを守る武器を与えられるだろう。

ナッツ。