家父長制の産物なのか?-JOC森会長の発言について-

家父長制の産物なのか?-JOC森会長の発言について-

JOC森氏の発言の要点

オリンピック委員会会長である森氏は2021年2月4日に以下のような発言しました:


女性理事を選ぶってのは、文科省がうるさく言うんです。だけど、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会、今までの倍くらい時間がかかる。女性がなんと10人くらいいるのか、今。5人か?10人いるように見えるな。


女性ってのは優れたあれがありまして、競争意識が強い。誰か1人が手を挙げて言われると、自分もやらなきゃいけないって思うんでしょうね。それでみんな発言される。


俺がまた悪口言ったとなりますが、女性の数を増やしていく場合は、この発言の時間もある程度、規制を何かしておかないと、なかなか終わらないんで困るって。誰が言ったかは言わないですが、そんなこともあります。

私どもの組織委員会にも、女性は7人ぐらいかな、おりますが、みんなわきまえておられて。みんな競技団体からのご出身者であり、また、国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。

発言を分解して考えてみた

(1)女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。

まず、時間がかかるって部分やけど、

「そりゃそうだよね!」と私は正直思いました。

だって、男性ばっかりだった場に今まで省かれていた女性の視点が加わるわけでしょ?

これまで無視してきたことが浮かび上がるんやから、そりゃー時間かかるよね!と思います。多様性を重んじるということは時間がかかるのです。(まして自分とは全く異なる人生を歩んできた人に伝えようとするなら、なおさら!)

(2)競争意識が強い。

森氏がこれまでいた世界は相当男性社会だったんじゃないかと想像します。

そこで出会ってた女性は恐らく男性社会で立ち振る舞い、戦ってきた女性が多かったのでは、、?そうであればもしかしたら「競争意識が強い」人たちだったかもしれません。だって「女性」というだけで不利だから。

男性より劣っているとみられ、男性ばかりに譲られる席をぶん取っていかなければならいとなれば競争意識も高くなるんじゃないかな、、(私の勝手な想像ですけどね)

競争意識が強いという発言がどこから来ているのか少し妄想を膨らませてみました。

(3)俺がまた悪口言ったとなりますが

「俺がまた悪口言ったとなりますが」という、自分が言っていることが他者にとって嫌な思いをさせる発言をしていることの意識があるというのは正直報道をみている感じわかりませんでした。(報道にも偏りがありますね)

悪口になるかもしれない、そう指摘されるかもしれない、と思いつつ発言してしまったことには根深い何かがあるように感じてしまいます。相当何かのフラストレーションがあったのか、もうお口がツルっと滑ってしまう何かに追われていたのか。

誰しも差別的な発想や、植えつけられた固定観念というのは私はあると思っています。(私たちも社会構造の産物なので)ただ自分の中で「これは言ったらダメよね」「これは差別だよね」と理性が働き自分の発言を控えられるのが人間ですし、自分の中の偏見を変えていこうとするのも人間です。

なぜ、「これは悪口だ」と自分で言う抑止力は働いたのに、そのあとを言わずに葬る抑止力は働かなかったんだろう〜なんて考えてしまいました。

(4)みんなわきまえておられて。

この発言は本当にあかんなぁと。誰かを怯えさせてしまう、抑圧してしまう発言だったと思います。

「わきまえず」発言してしまえば、「あなたはできない人、わかっていない人」としてレッテルが貼られてしまうので、それが怖くて発言ができなくなってしまいます。そうなれば次第にマジョリティの意見ばかりが通る世界が出来上がっちゃう。

「みんな」なんて言葉そうそう使ったらダメですよ。ほんで、きっとそんなことないと思うからね。

個人を批判をしすぎず、全体像をみる

森氏も家父長制社会の産物です。彼が生きた時代の「あたりまえ」があり、それに従って生きていかなければならない部分も絶対にあったと思います。

世界的なスポーツの祭典の代表としてあるべき姿はもちろんあるし、ましてや人の前に立つリーダー的ポジションにいる人が差別の構造を作ってしまう発言をすることは許しがたいです。

しかし、彼一人を批判すれば世界がよくなるとも到底思えません。個人ばかりに焦点を当てるのではなく、なぜそのような発言をしてしまう人がトップにいるのか、なぜそのような発言が生まれるのか、今後どのような改善が必要なのか一つ一つ分解して考えなければなりません。

日本・そして世界が断固として差別を許さない姿勢ができつつある今の世の中は、本当に希望があるなぁと思います。だからこそ、次に必要とされているのは声をあげると同時に本質的に人の姿勢・社会のあり方を変えていくダイアログ作りかもしれません。

ナッツ。