Beauty as Commodity – 商品としての「美」

Beauty as Commodity – 商品としての「美」

美しい体ばっかりがInstagramで蔓延してる件

女性がただ細く・華奢であることは美しいとされる時代は終わり初め、「健康体ブーム」が到来しているかのようにinstagramでは様々なモデルやインフルエンサーがジムでトレーニングしている姿を動画や写真で投稿していますよね。

ただ細いことが良いとされていた時代に終わりが来るかもしれない…!! そう一時期は思っていました。

残念ながらそんな私の思いも儚く、結局また「めちゃめちゃ細い」女性が今や「美しい」とされているような気がします。

Instagramをみていると、なんで自分はあそこまで細く・絞られた体になれないんだろと、危うく自己嫌悪に陥りそうになります。

ヨガをしましょう。筋トレをしましょう。ヨガや筋トレをするために、マットとウェアーを買いましょう。なんならついでにおしゃれな水筒や高級プロテインも…

Beauty as commodity (美の商品化)な時代はいつになれば終わるのでしょうか?

美が商品化された瞬間に多様性が失われる

多くの場合人は、「よくみられたい」「美しくなりたい」「かっこよくなりたい」などの欲求があります。

その欲求を叶えるべく製品が開発され、世の中で流通されること自体は悪ではありません。しかし、「美」というものがある一定の定義に押し込められてしまった瞬間、その定義に当てはまれない人が、苦しむ結果を招いてしまいかねません。

英語でBeauty as Commodity (美の商品化)という言葉があります。一人一人の人間がそれぞれの「美」を祝うのではなく、「細い方がいい」「白い方がいい」「目は大きい方がいい」などと、商品を買わせるために美を商品化してしまうことを指します。多様性なんていうものは皆無です。

現代の日本ではどうでしょう?

異なる体型、肌の色、年齢と共に変わる外見などを全て美しいと心から思えているでしょうか?

若い方がいい、毛は生えていない方がいい、二重の方がいい、胸は大きくウェストは細い方がいい

このような偏ったメッセージの方が多く、美容液を買わなきゃ、脱毛しなきゃ、整形しなきゃ、ダイエットしなきゃと、追い詰められてしまいそうになる社会ではないでしょうか?

自分で選択していることが大切

自分の意志で「脱毛する」「整形する」という選択、美容にお金をかける選択をすることと、社会が作り上げた美の定義から自己嫌悪に陥り選択するのは全く状況が異なります。

自分が本当に望んでいるか?自分にとって「美」とは?と問いかけてみるのはとても大切です。また、現代の日本社会ではBeautiy as Commodity(美の商品化)が横行しており、様々なsnsが「美」の定義を押し付けてきていることを客観的に観ることで冷静な判断ができるかと思います。

世間や企業が作り上げた「美」の像になれなくても、自分は綺麗だ、素敵だと思えるのは簡単ではないですよね。でも結局他者に決められた美を追い求めても、自己肯定感は積み上がらないのが事実です。時間をかけてもいいから、自分の個性や特徴を一つ一つ愛せるようになりたいですね。

ナッツ。