【有害なポジティブさ】「前向き」でいることが辛い!-It’s Okay To Not Be Okay

【有害なポジティブさ】「前向き」でいることが辛い!-It’s Okay To Not Be Okay

「前向きに考えよう!」の落とし穴

Toxic Positivity あるいは、「有害なポジティブさ」という言葉を聞いたことがありますか?

どんなに悪いことや、自分にとって嫌なことが起きても

「もっと最悪な環境の人いるしな」

「ネガティブになっても何も生まれないし」

「前向きにことを捉えよう!」

と、悪い出来事や、嫌だった出来事を無理矢理ポジティブに捉えようとすること、自分の状況は他人と比べたらそこまで悪くないと蓋をして「前向き・ポジティブ」でいるべきだという思想を toxic positivity / 有害なポジティブさ と言います。

「もう、これは前向きに捉えるしかない」

という言葉は一見、優しさ・思いやりにも聞こえます。きっと一度や二度は自分へ、あるいは他者へかけたことのある言葉でしょう。

しかし、自分の本当の気持ちを無視し、全てを「前向き」に捉えることは本当にいいことなのでしょうか?

「常にポジティブ」は本当にいいことなのか

例えばですが、2020年から続いている新型コロナウイルスの影響で、常に気を張り、移動を制限され、「当たり前」を当たり前にできなくなったことに多くの人がストレスを感じています。

このような状況に対して、「もう嫌だ、疲れた、、、」と嘆いている人がいたとしたら、「だけど、まだ日本が医療体制が整っているし、恵まれている方だよね」と言ってしまうとtoxic positivityになる可能性があります。

もちろん「だけど、まだ日本が医療体制が整っているし、恵まれている方だよね」と声をかけた人の意図としては、決して相手を傷つけようと思ったものではなく、むしろ「気持ちがネガティブにならないように」、「ポジティブに考えようよ」と、働きかけたものでしょう。

しかし、toxic positivityの場合、意図がどんなに親切心からだとしても、目の前の人に与える影響はマイナスです。「あ、私が甘えているのかな」「私が弱いのかな」「愚痴らない方がいいのか」そう思わせてしまい、心で感じている感情を押さえ込み、無理矢理「前向きに捉えよう」と人は頑張ってしまうからです。これは精神衛生的に良いものではありません。なぜなら、無理矢理前向きに捉えたところで、本当に心が感じている感情は変わらないからです。

全ての感情は同等に大事である

「もう嫌だ、疲れた、、、」となぜ思ってはいけないのでしょうか?なぜ無理矢理、全てのものを「ポジティブ」に捉え、前向きでいないといけないのでしょうか?

どんなに恵まれた国や環境にいたとしても、その瞬間の「疲れた」という気持ちは紛れもない「本物の気持ち」です。本当に心が感じていることを大切にしてあげないと、かえって辛さは長引きます。

意外と自分自身がマイナスな気持ちを押さえ込んで、無理矢理ポジティブなものにしていることもありますよね?

なぜか現代社会は、「ポジティブ」は良いこと、「ネガティブ」は悪いこと、とラベリングしていますが、「ポジティブ」な気持ちも、「ネガティブ」な気持ちも同等に大切な感情であることを是非頭の片隅で覚えておいてもらえたらいいなと思います。

ナッツ。